close

レシピ検索 レシピ検索
柚木麻子の「拝啓、小林カツ代様」~令和のジュリー&ジュリア~
人気作家・柚木麻子さんが昭和の料理研究家・小林カツ代さんを語る食エッセイ。映画「ジュリー&ジュリア」ばりに往年のカツ代さんレシピを作り、奮闘します。コロナ禍ですっかり料理嫌いになった柚木さんが、辿り着く先はーー?

【柚木麻子連載】「アメリカに2か月行ってくる」と家族に宣言。小林カツ代を変えた50代での海外留学

2024.04.27

『サブジ風キャセロール』のレシピ 

第12回「価値観・超アップデート。小林カツ代を変えた、50代でのアメリカ留学」

第11回【柚木麻子連載】完成まで5日間!小林カツ代の大ごちそう『ドイツシチュー&ダンプリング』を本気で作ってみた

最近、私の本が欧米で出版され、英語圏の記者さんからのインタビューが増えた。日本だと「女のドロドロ」と表現されがちな私の本が、クールな社会派としての受け止められ方をしていて、嬉しくて仕方がない。質問も子を持つ母としての苦労は?  とか、普段お家ではどんな料理を作るんですか? とかが全くない。
一人の職業作家としてリスペクトしてもらえている感がすごい。私は英語ができないので日本語が堪能な記者さんをお願いしているが、英語で応答できたらいいのにな、と思うようになった。

でも、英語なあ〜。勉強となると何をやっても続かない私――。
しかし、本連載の資料からすごいヒントを得てしまう。カツ代さん著『アバウト英語で世界まるかじり』(集英社・1997 年)だ。
カツ代さんは海外旅行が大好きで、どんな国に行っても、言葉がわからないのに、何故か周囲とコミュニケーションが取れてしまう、という特殊能力を持っていたらしい。そんなこと可能なのか?

「たしかに私は、どこの国に行ってもよく喋る。相手の国の言葉はほとんどわからないのに、息子に言わせるとナゾの言語を発しつつ、とにかく喋る。すると不思議や話が通じ、通訳の人があきれるといったこともしばしば」(「アバウト英語で世界まるかじり」P7より引用)

私もペラペラでなくてもいいから、この力を手に入れたい。しかし、この境地に至るまでに、カツ代さんも試行錯誤したようなのである。
チャレンジ精神旺盛なカツ代さんは少女時代から英語に興味はあったよう。でも、いくら勉強したところで喋れるようになるわけではないことに失望し、日本の英語教育にも鋭く疑問を呈している。

料理研究家デビューしてから、アメリカに呼ばれ、現地の人に料理を教える機会に恵まれる(連載第1回で書いた、カツ代さんが「私は日本のジュリア・チャイルドです」とサンタバーバラで自己紹介したのは、どうやらこの時だ)。
仕事のあと、カツ代さんはアメリカの一般家庭のパーティーにお呼ばれする。テキパキ家事をするアメリカの夫たちを見て、いいなあ、とカツ代さんは感動する。優しくてダンディだけど亭主関白なところもあるミスター・小林と全然違う! しかし、恵まれて見えるアメリカ人女性たちも、キャリアや男女格差にどうやら不満があるようだ。その時の思いをカツ代さんはこう述べる。

「同じ女の立場でいろいろな話ができない自分というものに対して、すごくはがゆかった。『ああ、しゃべりたい』と。次に来る時は必ずこの人たちとほんとに話したいことが話せるようになっているぞと、ほんとに決心したんです。これこそが、本格的に英語をやり始めた私の動機です」(P24より)

学ぶきっかけが、異国の同じような立場の女性と喋りたい、というのがいかにもカツ代さんだ。帰国後、カツ代さんは多忙な日々の中、英語教室にせっせと通うが、なかなか上達せず、もどかしい思いを抱えていたようだ(ちょっとホッとする話)。そんなある日、カツ代さんは有益なアドバイスを受ける。語学教師をしている年上の女友達に「エスペラント語」の存在を教えてもらったのだ。

エスペラント語とは動詞に規則変化しかなく、複数形には語尾にjをつけるだけ。助詞も不定冠詞もないそうだ。単語を並べていくだけで話が通じてしまう言語が、この世界にはあったのだ。「(英会話も)エスペラント語でいいのよ」と励まされ、カツ代さんは目が覚めるような思いがし、その時から、語学への苦手意識が消えたのだという。確かに、単語をどんどん並べていけば、どんな国でも最低限の意思疎通はできる。英語が喋れないというのは思い込みで、英語を喋れなくても、英語は喋れるのだ。とにかく単語を一つでも多く詰め込んで、あとは持ち前のコミュ力と身振り手振りで体当たりすればいい。

私も是非、この精神で行きたい!

とうとう「今年の夏、私、アメリカに2ヶ月行ってくるから」とカツ代さんは家族に宣言する。中原一歩さんの『小林カツ代伝 私が死んでもレシピはのこる』(文藝春秋)によれば、ケンタロウさんが高校2年生の時だというので、おそらく昭和最後の年。カツ代さんは52歳だとおもわれる。この辺りのことは『さて、コーヒーにしませんか? キッチンをとおして見えること』(大和書房・1991 年)に詳しく書かれている。

カツ代さんの最大の目的はカリフォルニアのアダルト・エデュケーションなる、18歳以上の、主に移民のための無料の教育機関に通うこと。テレビで偶然見た中国残留孤児のドキュメンタリーがきっかけだとか。当時の日本は湾岸戦争のためにポンと90億ドル出したくせに、自国が起こした戦争の被害者に何の補償もしようとはしない。怒りに駆られたカツ代さんは、自分も彼らのために何かしたい、と閃く。じゃあ、アメリカが他民族に対してどれだけ手厚い補償やケアをしているか、まずは自分で体験してみよう、と考える。超うれっ子の彼女の意識が、常に国の外へ、まだ見ぬ人々に向いていることに、感動してしまう。

ミスター小林氏は猛反対したが、カツ代さんの意志は固く、この頃から夫婦は意見が合わないことが増えていったように読み取れる。まずはアメリカの新聞に広告を出して、ホストファミリーを募集。カリフォルニアに2つのステイ先を確保し、膨大な仕事を片付けて、大の苦手である飛行機に飛び乗る。実家からそのままミスター小林の元に嫁いだカツ代さんにとって、初めての単身の異国暮らしは、本当に楽しかったようだ。からっとした陽光を浴び、シンプルで機能的なキッチンや新鮮な野菜に感動し、パンケーキやフルーツジュース、ベーコンたっぷりの西海岸流ブレックファーストが大のお気に入り。スクールではお料理を選択課目とし、さまざまな国籍の人たちと一緒に料理を作り上げていく。

何よりもステイ先でのポットラックパーティー(持ち寄りパーティー)で男性も自慢料理を作ってくること、カップルがみんな対等でよく喋り、ラブラブなこと、離婚経験者も珍しくないこと、「留守の間、ご主人やお子さんのお世話はどうしているの?」といった質問が全くないことにカツ代さんは感激している。この辺りのことは、アメリカに住んだことがない私でさえ、ここ数週間のインタビュー経験で、すごく共感ができる。

しかし、事件は起きる。「なぜ?」と題された章は、もともと面白い彼女のエッセイの中でも傑出している。

ある日、日本人ばかりのポットラックパーティーに招かれたカツ代さん。肉じゃがや寿司が並ぶテーブルに首を傾げ、男は男で固まって仕事やゴルフの話ばかりしていること、女は家事に追われていることに、だんだんムカムカしてくる。異国の文化を楽しむ雰囲気皆無の、久しぶりにみる日本的風景にうんざりするうちに、ある男性から「よくダンナさんが許してくれましたねえ」と声をかけられ、カツ代さんの不快感はマックスに。
トイレで4回も吐いてしまう。楽しさでいっぱいだった留学の章は、なんと怒りと嘔吐で結ばれている。カツ代さんにとって忘れられない地獄の時間だったようだ。
とにかく、カツ代さんの料理研究家としての個性を決定づけたのは、50代初めにして挑んだアメリカ留学だった。彼女のレシピや言動が今なお新しいのは、外から見た日本社会への批判精神があるし、それを改善していこうとするアイデアで溢れているからだ。

留学後に発表されたカツ代さんのレシピの中にはアメリカで学んだことが一目でわかる料理が多い。ポットラックパーティーで親しくなったらしい、ウィリーさんという男性に習ったサラダ(その名も「ウィリーさんのサラダ」)。カリフォルニアの名物、クラブハウスサンドも、カツ代さんは繰り返し紹介している。特徴的なのはキャセロール料理だろう。
キャセロールなんて私は翻訳小説でしかお目にかかったことがない(隣人にキャセロール料理を持っていくと、殺人が起きるコージーミステリーばかり読んでいる)。私が今回作った「ザブジ風キャセロール料理」はこれまで連載で紹介したレシピの中でもっとも簡単。切ったオクラや玉ねぎを、スパイスの効いたヨーグルトソースに絡めて、チーズをのせて焼くだけ。調理時間はたった10分。でも、明らかに陽光たっぷり西海岸のおおらかで洒落た味がする。酸味とクミンの香ばしさで、するすると大量の野菜を摂取できるところも嬉しい。
さて、超アップデートして帰国したカツ代さん。日本の男尊女卑や保守性は以前よりくっきりと見えたはずだ。彼女の胸の炎はごうごうと燃え盛っている。

そして、時代はいよいよ平成にうつろうとしていた。

今回の小林カツ代さんレシピ 

※「KATSUYOレシピ~小林カツ代の家庭料理~」より引用

それぞれの野菜が、器の中でいい仕事しますよ。すぐできるのも嬉しい。

『サブジ風キャセロール』のレシピ 

材料[4人分]
SPAM缶かソーセージ……50g 
ミニトマト……8~12個 
玉葱……小1/2個
オクラ……8本
豆ドライパック……小1缶
マッシュルーム缶……1パック

A
プレーンヨーグルト……1/2カップ 
サラダ油……大さじ1 
クミン……小さじ1/2 
塩……小さじ1/2 
カレー粉……小さじ1/2 
おろしにんにく……少々
ピザチーズ……1/2~1カップ

作り方
(1)SPAMかソーセージはひと口大に切る。
(2)ミニトマトはヘタを取る。玉葱は薄切り、オクラは斜めに3つ位に切る。
(3)ボウルにAの材料を混ぜ、(1)と(2)、豆、マッシュルームを加えて和える。
(4)耐熱器に(3)を入れて、表面を平らにして、チーズをかけてオーブントースターでこんがり焼く。

ちょっと意外な組み合わせ、懐かしのアメリカンサラダ。

『ウィリーさんのサラダ』のレシピ

材料[2人分]
鶏ささ身または手羽肉……1/2枚
きゅうり……1本 
パイナップル……1cm厚さ2枚
マヨネーズ……大さじ2 
サラダ菜……2枚

作り方
(1)鶏肉に塩を小さじ1/2程(分量外)全体にふる。湯を沸かし、鶏肉を中に火が通るまでゆでる。
(2)(1)鶏肉が冷めたら、1.5cm位の角切りにする。
(3)きゅうり、パイナップルも1.5cm角ぐらいに切る。
(4)(2)と(3)をマヨネーズであえ、サラダ菜を敷いた器に盛る。

カツ代ロジック
アメリカ人のウィリーさんに教えてもらったサラダ。円がまだ1ドル360円の時代でした。その頃は思いもつかない組み合わせでしたが、不思議とおいしくてびっくりしました。

次回は5/25(土)更新! お楽しみに。
柚木麻子(ゆずき あさこ)
2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、10年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。著書に『ランチのアッコちゃん』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『とりあえずお湯わかせ』『オール・ノット』『マリはすてきじゃない魔女』『あいにくあんたのためじゃない』など多数。 毎月第4土曜日更新・過去の連載はこちら

文・写真/柚木麻子 イラスト/澁谷玲子 プロフィール写真/イナガキジュンヤ  取材協力/(株)小林カツ代キッチンスタジオ、本田明子

SHARE

ARCHIVESこのカテゴリの他の記事

TOPICSあなたにオススメの記事

記事検索

SPECIAL TOPICS


RECIPE RANKING 人気のレシピ

PRESENT プレゼント

応募期間 
2024/4/23~2024/5/6

『じみ弁でいいじゃないか!』プレゼント(5/7-)

  • #食

Check!